A.問題
森下先生の提示された問題
ある大学で月曜日から金曜日までの講義があって、その講義に 関して次のような告知が張り出された――これは「パラドックス」という本からの引用なのでこういう形 になっているようだ。しかし、1、2というように条件を分けて 書いているにも拘わらずそれ以外の部分にも条件が含まれている。 それ以外にも今日がいつなのかわからないという問題もあるので、 本質的には同じ内容を指すようにこう書き直すべきだろう。
1.いずれかの日にテストを行なう。
2.どの日にテストを行なうかは、当日にならなければわからな い。
もちろんこれでも「わかる」とはどういうことかという曖昧性 が残るが、それはこの問題の本質に関わると考える人もいるよう なのでそのまま曖昧にしておく。次のように書かれた告知が張り出された。
1.来週の月曜から金曜までの間に1回だけテストを行う。
2.どの日にテストを行うかは、当日にならなければわからない。
この問題にはいくつかのバリエーションがある。その一つは死 刑囚のパラドックスと呼ばれるもので、次のような内容だったと 思う。
ある国では裁判で死刑が確定してから十日以内に死刑を執行し なければならない。その十日間のいつ死刑が行われるかを死刑囚 に知られてはならない。この他に、日付を用いることが誤解を生じると思ったのか、箱 を使った同様のパラドックスがある。記憶のとおりなら次のとお り。
ここに八つの箱がある。この中のどれかはびっくり箱になって いる。君は端から順番に箱を開けていかなければならない。君は 箱を開けてビックリするだろう。ちょっと記憶が曖昧だがだいたいこんなもの。箱の問題ももっ と厳密に書くことはできるはずだが、ここでは例として出しただ けなので問題の厳密化はしない。
B.パラドックス
この最初の問題に対してのパラドックスは次の部分にある。こ
れも森下先生からの引用。
これも箇条書きに書くと、この告知を見て、ある学生は「このテストは実施できない」と 喝破して、テスト勉強の必要はないと主張した……というもの。 学生がそう判断した理由は、「金曜日にはテストがない。なぜなら、 木曜日までにテストがなければ、金曜日にテストがあることが前 もってわかるから。これは告知の〈2〉に矛盾する」。同様の理由 で、木曜も水曜も……テストは行なわれないことがわかる。
1.木曜の夜になったとすると、残り一日しかないので残りの金 曜日にテストがあることがわかる。したがって前もってわからな いという〈2〉の条件に反する。というようになる。もっと引き伸ばそうと思ったがこうやって 書くと既に明らかではない。しかし、気が付かないふりをして引 き伸ばそう。
2.このことから金曜日にはテストがないことがわかる。
3.金曜日にテストがないということから木曜日がテストの可能 な最後の日になる。
4.以上の推論を繰り返すとテストは行われない。
C.教授の悩み。
このテストをする教授は悩んでいた。なにが問題かというと、
2. どの日にテストを行うかは、当日にならなければわからない。これが問題である。学生には分からないと書くべきだったのだ。 こうなった以上、自分にもいつテストを行うか分からないように しなければならない。
D.学生の策略。
パラドックスを提唱したある学生の話を聞いた別の学生は考え
た。あいつの言うことはもっともらしいが、どうもあやふやな点
がある。授業中も突然変な意見を言って教授に論破されているで
はないか。
もっと確実な方法を取るべきではないか。そこで友達を集めて
相談した。そもそも期間が指定されているのだから、どの日かは
1/5の確率である。ちょうど五人集まっていたので、来週教授
が教室に入ってきたら、順番に今日テストがあることを知ってい
るというのだ。知っていると言われたら教授はテストをするわけ
にはいかないだろう。
E.大学事務局の都合。
……もう引き伸ばしはいいか。
F.読者への挑戦状。
引き伸ばしはもういいって言ってるのに。
G.解決編。
(以下の部分は他の説の影響を受けながらも、
杉並が独自に考えたものである。その正当性は読者自身が確かめなければならない。
)
まず、問題とそこから発生するパラドックスをもう一度書こう。
ただし参照用に番号を変える。
問題:解決はもちろん学生の主張が間違っている。それは〈4〉の部 分である。
次のように書かれた告知が張り出された。
1.来週の月曜から金曜までの間に1回だけテストを行う。
2.どの日にテストを行うかは、当日にならなければわからない。
学生の主張:
3.木曜の夜になったとすると、残り一日しかないので残りの金 曜日にテストがあることがわかる。したがって前もってわからな いという〈2〉の条件に反する。
4.このことから金曜日にはテストがないことがわかる。
5.金曜日にテストがないということから木曜日がテストの可能 な最後の日になる。
6.以上の推論を繰り返すとテストは行われない。
掲示された〈1〉〈2〉の組は1/5だけ矛盾している。
この結論は、期間一日の抜き打ちテストが出来ないこと。(この
場合は1/1つまり100%矛盾していることになるから)。抜き打
ちテストの「抜き打ち度」というものがあるとすれば、それは指
定した期間が長ければ長いほど高くなるはずだ。期間が長くなれ
ば掲示の正しさは増すのである。
これがパラドックスに見えるのは4/5だけ正しい掲示〈1〉
〈2〉が完全に正しいように感じられるからであろう。
さて、掲示〈1〉〈2〉は1/5の矛盾であるから、予定期間の
うち4/5は矛盾なくテストが行える。従って教授は最初の四日
間にテストを行えばよい。木曜日には矛盾なくテストが行えるの
だ。水曜の夜には1/2の確率で「木曜にテストがある」と当て
られるし、心理を読む学生には「ほぼ確実に木曜にテストがある」
と思われるだろう。だが、教授はCで挙げたように確率的にテス
トの日を決めているかも知れない。その可能性がある以上、学生
がいくら頭を使ってもそれは心理を読んでいることになるのであ
る。
注1)「初めに矛盾ありき、かくしてすべてが証明された」はむかし
聞いたある種の冗談です。
注2)このパラドックスについては
日記も参照してください。また違うことを言っていたりする。
注3)1/5だけ矛盾しているという代わりに、最終日前夜になると掲示が矛盾する
というように時間の概念を持ち込んだ説明も可能。今回の部分的に矛盾している
という説明とある時点において(これは本当は時間というよりも試験が行われなかった
日が確定したことによるのだが)掲示の言明が矛盾するようになるという説明と
どちらがいいか迷ったのだが、でたらめをいう学生との関連で部分的に間違って
いるという説明が気に入ったのでこちらを公式見解とする。なお、ある時点に
おいて矛盾するようになるという説明については、でたらめを言う学生の代わりに、
ジグソーパズルの最後の一片という例を考えていたのだが、今回の話の展開からは
そっちに流れていかなかった。残念なことである。