日傘というのは女性用であって、男は日傘をさしてはいけないのだろうか? しかし、帽子より日傘の方がどう見ても効果的に見える。 帽子じゃあ、帽子ごと暑くなるからなぁ。 でも、麦わら帽子だったら大丈夫かも。 おお、男でも雨傘ならさしてもいいのだな。 雨降ってないと雨傘をさしてはいけないという法律もないし。 と、思ったら、雨降ってるじゃないか、これで堂々と雨傘がさせる。
太公望 上【 bk1 / amazon / Yahoo! / 旭屋 / Jbook / 紀伊國屋 / 楽天 / skysoft 】読了。
これは面白い。というか、俺は複数の巻に分かれている小説は全巻読み終わってから、 感想を書いているのだが、とりあえず、上巻だけの感想を書く。
というのは、上巻だけ読んだ現時点では、これライトノベルの傑作のように 読めるからである。この印象は中巻、下巻を読むと多分変ってしまうだろう。 上巻は主人公が二十くらいまで。 いや俺、中国のこと知らないし、つまり太公望は名前は聞いたことがあるが、 何をしたいつの人かも知らなかったのだが、この本を読むと、 さすが伝説の人というかんじで、超能力とは書いていないけれど、すごいですよ、ええ。
ただでさえふだんと違う予定がはいると生活のリズムが乱れるのに、 歯医者にいってこのあいだ詰めたところの噛み合わせが悪いのを直してもらったら、 なんか詰め物を削るのかと思ったら、歯を削っていてびっくり。 なんでかなぁ。
その後、機嫌が悪くなって腹が立って仕方がなく、今日は小説を書けなかった。 いや、今から書くという手もあるが、まだなんか腹が立っているので、 (ちゃんと歯医者を選ばなかった自分も含めて)今日はやめて缶チューハイをのんで 寝てしまおう。そう最近はチューハイを飲んでいるのである。だって、安いんだもん。
あー、面白かった。しかし、歴史小説を書く人というのは、よくもまあ、 見てきたような嘘をつくというか。 素晴らしい。 小説は虚構だからね。 商末の話である。つまり、アレよ、封神演義の時代である。 だっきも登場するし。(つーか、オレ、 封神演義の漫画やアニメを見ていないのはともかく、 小説も読んでないのは問題だな) そんな時代に活躍した人の、少年時代がどうだったかなど 記録が残っているはずがないのである。 しかし主人公「望」の少年時代は面白い。というか、周に仕えるまでが面白い。 オレは知らないけど、太公望って仙人のようなものらしい。 そういや、釣りをしている姿というのは仙人っぽい。
この小説でも望は少年のときに仙人から仙術を伝授される。とは書いてないけど、 まあ、だいたいそういう感じである。 つまり仙術を使う少年が大活躍するライトノベルみたいだと 上巻を読んだ時に思ったわけである。 ちなみに中巻はスパイ小説というかそんな感じ、下巻は歴史小説みたいな。
受王(糸寸王)といえば、中国の説話では悪人だが、宮城谷昌光はそうは言わない。 受王が悪人だというのは太公望が故意に流した噂だというのである。 ただ、受王がしたことは、否定していない。それは商の祭儀として行ったのであって、 受王の悪ではないという。その見方は面白い。もっとも、望にすればそれによって 一族が殺されているのでやはり受王は悪である。 そうそう、だっきちゃんも悪としては書かれていないのである。 美人としては書かれているけど。
とにかく、望はすごいよ。スーパーマン的である。
で、その太公望の中にでてきたのがこの言葉。商の政治が乱れていることを表して、 最初は「ざんとく、良に勝つ」(悪臣が良臣より多い)と言い、 更に乱れてくると「賢者出でて走れり」(賢臣が政府を去った)と言い、 乱れの最終段階が「百姓あえて誹怨せず」 (人民がもう悪政をそしりもうらみもしない)というのである。 人民がもうあきらめてしまったのが政治の乱れの最終段階ということであろう。
民主主義であれば、投票率が低下した段階であろう。
錬金術師というのが存在することはよく知られているが、 錬銀術師というものも存在するということは、一部でしか知られていない。 当然、錬銅術師というのもいるだろう。その階級は、
錬金術師>錬銀術師>錬銅術師>…
となるのである。たぶん最後は練炭術師で、 これは安楽死の研究なんかをしているのである。
なんかブックレビューのところ読んでいるうちにふと、「あらすじ」って、 なんか面白くないなあと思いはじめてしまい、ブックレビューが読めなくなる。 もともあらすじは好きではなく、だから読了本感想でも あらすじは書いていないのだが、症状が重くなったかも。
オレはもう世話役からは手を引いたんだけど、世話役の平田さんのところで 今年のでならひ草子の事前通販販売をやってます。 以前よりは部数が少ないので、手に入れにくいと思います。
あいかわらず、表紙はよいなあ。
七章終了。八章に入るその前に、やはりこのままでは終り方が気に入らないので、 ちょっと検討する。うーむ。
しかしまあ、この作品でデビューすれば、この日記はMaking of デビュー作ということですな。(妄想モード)
先日、ホーキングの「情報のパラドックス」に関するニュースがあったと思ったら、 SFマガジンにもホーキングのエッセイが載っていた。 惜しいことに両者は違うことについて語っているのだが。
「情報のパラドックス」この言葉は今回のニュースで初めて聞いたが、 その意味はだいたいわかった。というか納得した。 たぶん、量子結合した素粒子の片方がブラックホールに落ちたとかいう話であろう。 そして、ホーキングが誤りを認めたというその内容も納得。 したがってこれについてはほとんど疑問がない。 ただし、量子論でいう情報とマクロな情報はちょっと違うような気がする。 (情報はエントロピーの逆、だが、エントロピーはマクロな概念)
「時間順序保護仮説」オレはSFファンにあるまじく、 この宇宙ではタイムトラベルは不可能という考えに傾いているので これも妥当だと思う。ただここでホーキングが言っていることはほとんどわからん。 ファインマンの「経歴総和」はふつうは「経路積分」 って言われてるんじゃなかったっけ。 ファインマンの写真が若い。
この宇宙でタイムトラベルが不可能と考えても、 SFを書く上でも読む上でも何も困らない。 SFはフィクションだからである。
まてよ、「情報のパラドックス」も「タイムトラベル」も情報に関係しているな。 で、オレの脳内結論も「素粒子の情報は保存されるが、 マクロな情報は保存されない」 そして「素粒子は時間を遡れるが、 マクロな物体はタイムトラベルできない」 で同じじゃん。ってことは共通項目があるのかな。 「どれがどれだかわからない」とか。
外の気温は一時期より低くなっているような気がするのだが、 ノートパソコンのためにつけているとか言っていたエアコンに どうも依存してしまったみたいである。 夜寝ている時に、最初はタイマーで2時間くらいで切れるようにしていたのだが、 エアコンが切れる度に目が覚めるので、ついにつけっぱなしに。 ほぼ一日中家にいるので、エアコンは24時間稼働だ。 ちなみに設定温度は31度なんだけど、実際の温度が何度かは知らない。 あ、寝る時は設定温度を32度にしているな。
他に何もしていないのだから、小説のことを書くのは仕方がない。
ふと疑問に思ったことを調べたら、やっぱり不安が的中。使えないやんこのネタ。 (今気付いたが「じゃん」を「やん」に置き換えると関東風が関西風になる?)
「拝啓」が使えない高校生とかいう記事を見て思ったこと。
そりゃあ使えなくて当然でしょう。だって、「拝啓」って挨拶しますか。そんな挨拶は冗談でしかしないでしょう。つまり「拝啓」っていう言葉は口では言わないのです、書く時にしか使わない言葉、つまり文語なのですよ。だから、言文一致に反するわけで、使わないのが正しいのである。
何を隠そうオレだって「拝啓」なんて手紙は書いたことがない。 いや冗談で書いたことはあるかも知れないが。 まじめな手紙には拝啓なんて使いませんよ。
それに拝啓で始まって季節の挨拶があってという手紙はですね。 今言われている、 メールやチャットでは顔が見えないつまり相手の感情がわからないというが、 まさにそれ、感情のない手紙の書き方なのですよ。 手紙の型紙(テンプレート)があって、それに従って何の親しみもなく書くのが 拝啓の手紙でしょ。そんなのを書くのはワープロの機能に任せればいいので、 人間が覚えておく必要はまったくないのである。
でも拝啓とかそういう前置きは便利である。ちょうどまじめなスパム業者(矛盾しているけど)が未承諾広告とつけるようなもので、それが書いてあれば読む必要のない手紙だということがわかるからである。
と、ここまで書いてから、一応元の記事を読み返すかと思ったら、 記事が見つからない。夢か、夢で見た記事だったのか。
ちょっと資料的必要性から手話を検索したら、四人称なんてものに出くわす。 検索結果はやはり小説の手直しを必要とするものだったのだが。 それはともかく、これまで一人称小説や三人称小説、二人称小説まで存在するが、 さすがに四人称小説はなかろう。これから手話をマスターして四人称小説を書けば 世界初の四人称小説ということになるのである。が、はたと気づくと、 手話で小説は書けないのであった。
しかし、そうか、手話は自然言語なのか(これが本来の検索目的)。 すると、聴覚を破壊した子供を一ヶ所に集めておくだけで、 いくらでも新しい自然言語を作れるということですね。 マッド・サイエンティストの中には言語に興味を示すものもいるから、 そういうことをやりだす奴がいてもおかしくないな。 (しまった。これをネタにしてSFを書いた方がよかったかも)
参考手話文法研究室
小説すすまず。なんかもうこの小説面白くないとか思ってしまって、 しかも面白くないから投げ出すという気にはなれず、 面白くないままなんとか最後まで書かねばならんのかと嘆いていたのである。
しかし、風呂に入っていたら、面白くない原因は一人のキャラクターのせいであって、 そのキャラクターを作り直せばなんとかなるかもしれないという気がしてきた。 この章で新登場のキャラクターだから、十枚ほど書きなおせばなんとかなるかも。
ついでに開き直って、悩んでいたラストも小説としての整合性よりも、 オレが書きたいものを書くことにしようと決心。 入選を意識して変えて、それで落ちたら悔しいもんな。 好きなことを書いておけば、落選しても個人誌にして即売会で売れるしな。
またもヤフーニュースから。「ゲキを飛ばす」の正しい意味を知らない。
って、あんたそのタイトルからして間違いを助長していることがわからんのか! 漢字も書けないお前らマスコミが意味がどうの言うな!
うーむ、最近はライトノベルコーナーに行っても買いたい本がなく、 その隣の漫画文庫コーナーでえんどコイチの「ついでにとんちんかん」を 買ってしまった。(作者名の強調には特に意味はない。 ひらがなに埋もれるのを防ぐためである)
すごく懐かしい気がするのに、読んでみると覚えているのがないという不思議。 しかしこの人もある意味吾妻ひでおの系統に連なると思うのである。
それはさておき、記憶にないのだが、 破いたページから以前のページが見えたり、次のページが見えたりする。 そして、次のページは同じところが破れていて前のページが見えるというのは これで読んだのかもしれない。 そう、浅暮三文氏が異形コレクションに書いたアレ(すみませんタイトル忘れた。ほらページに穴が開いているやつ)をギャグとしてやっている漫画ってコレだったんですな。 オレはなんか吾妻ひでおあたりがやっていたような気がしていたのだが。 いや浅暮氏の試みを貶めるつもりはありませんが。
しかし、まあ、最近少年誌に載っている面白くない四コマギャグ漫画に比べると、 質が高いことよ。今のギャグ漫画の主流はストーリーをたどりながら、 ギャグを連発するという方向だから読み切りのギャグというのはないような。