中国の爆弾

杉並太郎


人の波

「こんな面白いこと、ロボットにやらせておけるか。爺さん、出るぜ」
 山下はそう言って、緊急用と書かれた武器棚から機関銃を二つ掴み取る。それを脇に挟んでおいて、更にマガジンを掴んでいく。身長は一九〇近い。両腕に抱えた機関銃はおもちゃのように見える。童顔だからなおさらである。迷彩服も戦争ごっことしか見えない。
 山下が背を向けて監視室(モニタ・ルーム)を出て行くと、虹色の残像が残った。
山下の髪の色だ。
 柿沼はその髪を見ると思い出すことがある。小学校に入った時に百二十色の色鉛筆を買ってもらったのだ。うれしくて、飼い猫のミケや犬のチビを百二十色で描いたものだ。山下の髪はその絵に似ている。
 山下と柿沼は沿岸防衛隊美浜監視所の監視員である。本当はもう一人監視員がいるはずだが、先月事故に会っていなくなった。補充はまだない。
 美浜監視所はコンクリート製の小さな箱である。中には監視室と仮眠室とユニットバス、あとは小さな台所しかない。監視室にしても小さな机に、窮屈な椅子があるだけだ。廃校になった小学校から持ち込んだものだろう。武器以外の備品はどれも貧弱だ。海岸線を監視(モニタ)するディスプレイにしても、古いパソコンからの流用だ。日電やシャープなど様々なメーカーのディスプレイが混在している。
 柿沼は山下が出て行ってほっとした。図体のでかい若者には威圧感を覚えるのだ。手にしたグラスからワインをあおる。
 柿沼は六十代のアル中である。まともな職につける人間ではない。一方、山下は二十代の若者であり、大学を卒業したものの就職できずに監視員になった。
 防人(さきもり)に配属されてすぐの若い者は、何かと撃ちたがる。柿沼はそう思いながら、赤ワインをごくごくと飲み込んだ。そんなことをしても中国人の数は減りはしない。三十億から一万を引いた結果は三十億なのだ。
 祖国防衛の錦の御旗を振り立てたところで、防人のような肉体労働に志願してくるのは、良くても銃器マニアであり、悪くすれば殺人マニアである。そうでなければ、職にあぶれたアル中か。もっとも、銃器マニアだろうが、殺人マニアだろうが、ここでやることはひとつである。密入国者の即時射殺。
 よほど急いだのか、もう監視画面(モニタ・スクリーン)に山下の姿が映った。並んだロボット式機関銃の間から浜辺に向かって機関銃を撃ちまくっている。その先の砂浜では、四、五百人の中国人が砂浜を駆け抜けようとしていた。
 無防備の中国人を機関銃で撃つことが、ロボットにやらせておけないほど面白いことだとは柿沼には思えなかったが、若い山下にはそんな単純なことも面白いのだろう。
 中国人がすべて倒れると、山下は監視画面(モニタ)に向かって手を振ると引き上げてきた。肝心なのは死体の確認だが、これはロボットに任せるつもりらしい。その方が柿沼も安心だが。

資本主義中国

 中国で資本主義革命が起こったのが、十年前のことだ。
 とにかく中国政府は「資本主義革命」と呼んでいる。実際には共産党内部の権力争いに過ぎないと分析する国際政治評論家もいるが、続いて起こった消費者の大量生産はまさに資本主義ならではの事件である。
 既に世界中のほとんどの国が資本主義経済に移行していたため、大量生産された膨大な物質は、国内の消費力を向上させることによってしか、消費できなかったのである。それまで一人っ子政策を取っていたために、その政策さえ廃止すれば人口増加はたやすいことであった。
 それはまったくうまくいった。増加した人口が生産と消費の両方の役割をうまく果たしたからである。一人っ子政策によって歪んでいた人口構成も回復した。町には子供たちの姿があふれ活気に満ちていた。
 やがてどういうわけか、その日の食事に困る者が現れはじめた。企業間の競争によってコスト意識が高まり、生産工程が次々と自動化されて行ったからである。そうなると、坂道を転げ落ちるようなものであった。
 失業者の数は共産主義中国時代の数十倍になり、人々は職と食を求めて日本に向かった。最も富める国、地上の楽園へ。

幸福依存症

「いやぁ、いい汗かいたぜ」
 監視室に入ると、山下は機関銃を棚に戻した。そのまま、そばにあったタオルを取るとシャワーを浴びにユニットバスに入った。鍛え上げられた体に玉の汗が浮かんだ姿は美しい。
 トライアスロンで鍛えた体である。だが、それも就職には役に立たなかった。鍛えた体とはいえ、大会での優勝経験どころか、入賞すらしていない山下は企業のスポーツ部には入れなかったのだ。学校の体育教師も学校自体の数が減っているために競争が激しかった。
 営業マンとしてなら体育会系を欲しがる会社は多かったが、先輩から営業の厳しさを聞かされていたので、やる気がなかった。そもそも、山下は厳しい練習が嫌いで、そのために大会成績がもうひとつなのだから。
 そして、本物の機関銃が撃ち放題という噂を聞いて、沿岸防衛隊に志願した。その噂を教えてくれたのはサバイバルゲームの仲間で、そのゲームでは山下は常によい成績を上げていた。
 山下がシャワーを終えてユニットバスから出て来た時、柿沼はまだワインを飲んでいた。
 この爺さんは休みなく酒を飲んでいる。酒とたばこは沿岸防衛隊の支給品だが、二人ともたばこは吸わないし、山下は酒も飲まない。柿沼は欠員も含めて三人分の嗜好品を全部酒で支給させているのだ。
 アルコール焼けの赤い顔をした小柄な柿沼はとても六十代とは思えないほど老けている。沿岸防衛隊の定年が六十五歳だから、それ以上の歳のはずはないのだが、七十か八十と言ってもおかしくはないほどだ。
「爺さん、そんなに呑んじまって大丈夫かい。ロボットだって故障することはあるんだぜ」
「何のためにお前さんがいるんだ。それに、これはわしの楽しみなんだ。お前さんだってさんざん楽しんできたじゃないか」
 柿沼はそう言いながらも、グラスにワインを注ぐ。
 柿沼が酒を飲むようになったのは四十二歳の時である。それまでは付き合いでビールを一、二杯飲む程度であった。四十二歳の時に柿沼は離婚し、酒を飲むようになった。正確には、離婚調停の途中で何もかもが面倒になって、女に全財産を譲ることにした日からである。その日、柿沼はやけ酒を飲み、そしてひとつの発見をした。
 酩酊感は幸福感と等しい。
 それ以来、柿沼はアルコール依存症である。柿沼の考えによればそれは幸福依存症である。

人の流れ

「しかし、爺さんよ。こんなとこで上陸してくる中国人を撃ち殺したってきりがないぜ。なんで、元を叩かないんだよ」
 自転車に乗った天使のカードを場に捨てながら山下が言う。バイシクルという最も一般的なトランプだ。山下はプラスチックのトランプで十分だと思うのだが、柿沼が本物の紙のトランプじゃないと駄目だというのだ。
 確かに垢のついたプラスチックのトランプより、週ごとに封を切る紙のトランプの方が奇麗で手触りもよい。
「そりゃあ、お前。専守防衛ってもんだからよ。それによぉ、中国を攻撃したら、大豆やら蕎麦やら食料が入ってこなくなるぞ。餓えた中国人が日本にやってくるのも、本能的に中国産の農産物を追いかけて来るんだという話もあるからな。ほい、ノック」
 ジンラミーだというのに柿沼はほとんど手を作らない。一周めか二周めでノックをかけて手を開いてしまう。山下に手を作らせる時間を与えないのだ。
「なんで、中国は自国民に食わせないで輸出なんかするんだよ。そのせいで、日本にぞろぞろやってきて迷惑するじゃねえか」
 山下はカードを集めてシャフルし始めた。負けた方が次の回のシャフルをすることになっている。だいたい山下がシャフルしているので、インチキでないことはわかる。柿沼は単にせこい上がり方で、勝ちをとっているに過ぎない。
「そりゃあ、日本に売った方が金になるからよ。なにしろ資本主義だからな。中国の人口は日本の十倍だが、国土面積は二十五倍。国民を養うだけの農業生産はある。だが、農産物を輸出し、国民も輸出している。日本は食料は輸入したいが人は輸入したくない。だから沿岸防衛隊がいるわけだ」
 柿沼は山下がシャフルしている間に、グラスにワインを注ぎ、飲み干す。そのせいかつい口が滑る。
 山下は自分の仕事をそんな風に考えたことはなかった。密入国する中国人は、日本の富を食いつぶす白蟻のようなものだと思っていたのだ。
「爺さんはそんな風に考えていたのかい、それでよく仕事が出来るね」
「俺にはこの幸福の素があるからさ」
 柿沼はワインボトルを上げて見せた。

少子化対策

 日本政府は少子化対策を実施しようとしていた。
 少子化によって人口の年齢別構成比が崩れ、年金制度は崩壊し、教育産業も衰退している。徹底的な外人排除政策にもかかわらず、どこからかもぐりこんだ外国人によって日本人の仕事が奪われている。
 このままでは、日本人の血統と伝統が滅びてしまうと心ある人々は危惧していた。
 そして、少子化の問題を解決する方法が広く捜し求められた。

床下の中国人

「爺さん、酔っ払って寝てるんじゃないだろうな」
 仮眠時間の途中だが、山下は柿沼に一人で監視をさせているのが心配になって目が覚めてしまった。そっと、監視室を覗いてみる。
 誰もいない。
 山下は監視室に入って監視画面(モニタスクリーン)を見た。柿沼も機関銃を撃ちたくなって外に出たのかもしれない。だが、監視画面(モニタスクリーン)には、無人の砂浜が映っているだけであった。壁に張ってある潮汐表を確認するが、しばらくは引き潮であり、中国人は来そうにない。
 部屋の隅でノビているかもしれないと思い、部屋を見渡すと、がらくた箱の位置がずれていた。がらくた箱はモンキーレンチやバールやドライバーなどの工具や弾薬や油差しなどが放り込まれている箱で、山下がここに赴任して以来ずっと部屋の隅に置かれていた。
 がらくた箱のあったところには、床下収納の蓋があった。
 山下が蓋を開けると、その下にはハシゴが付いていた。地下室につながっているようだ。
 山下は一瞬ためらったが、ハシゴを降りることにした。考えるより行動するタイプだから。
 ハシゴの下は武器庫になっていた。コンクリートの壁面に湿気がこもっている。棚にはバズーカ砲やグレネードランチャーが並べられ、床の箱には手榴弾が詰まっていた。上にある機関銃も元はここにあったのだろう。
「おや、バレちまったか」
 柿沼は悪びれもせずにそう言った。
「中国人なんかかくまって、どういうつもりだ」
 山下は地下室の隅で小さくなっている中国人を指差した。
「いや、ほら、こういう仕事は女っ気がなくっていけねえだろうが……」
「おいおい。俺達の仕事を分かってるのかい」
「中国人を日本国内に入れなければいいんだろ。ここは中国人阻止の最終防衛線みたいなものじゃないか。この線から内側に入れなければいいのさ。ここにいるぶんには線の上だからいいんだ。そうだ、お前もひとり捕まえてきたらいい」
 その言葉を聞くと山下の心に迷いが生じた。なにしろ若いのだから。

胎児移植法

 西村医師は道徳的な人間であり、産婦人科の医師である。彼は長いこと悩んでいた。堕胎を希望する若い女性が跡を絶たないからである。彼はそんな女性たちに生命の尊厳を説き、考え直すように説得するのだが、なかなか納得してくれない。男に堕ろすように言われていたり、あまりにも若すぎて誰にも言えない娘もいる。彼はそんな時、罪悪感を感じながらも子を堕ろしてきた。
 子供の命を助け、母親の負担も減らす方法はないものかと彼はずっと考えていた。そして動物実験を繰り返し、技術を向上させて異種間胎児移植法を完成させた。本来、胎盤には別の個体の間の物質交換の能力がある。ある意味では胎児は母体に寄生しているとも言える。胎盤は寄生器官なのである。一度寄生をはじめた胎盤を子宮から剥がすことは難しかったが、黄体ホルモンを投与しつつファイバースコープとレーザーを使用した微細手術を行うことで可能となった。そして取り出した胎児を牛の子宮に移植するのである。牛を使うのは体が大きいので取り扱いが簡単だからである。胎児の移植は極初期から可能であった。むしろ、胎盤の発達していない妊娠初期の方が都合がよいくらいであった。
 生まれた後の世話は密入国した中国人女性に頼むことにした。彼女たちは喜んで子供の世話をした。
 だが、西村医師はこの胎児移植法を公表しなかった。倫理的な理由によって開発した移植法ではあるが、発表すればマスコミに叩かれることは明白だった。
 西村医師は胎児移植法を公表せず、堕胎希望者から胎児を取り出し、牛に移植し続けた。

日本の爆弾

 西村医師は逮捕された。堕胎の件数が急増したため怪しまれたのだ。そして、生命を弄ぶ実験として糾弾された。
 西村医師のしたことの全貌がマスコミによって明らかにされるにつれて、西村医師の支持者が増えて行った。そして、胎児移植法を正式の医療として認知するようにと運動が広がっていった。
 西村医師の胎児移植法が少子化対策に極めて有効であると気付いた政府は、これを認めることになる。
 そして堕胎されていた子供たちがすべて生まれてくることになった。
 日本の人口が爆発した。

おしまい

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